『きょうと・人・まち・であいもん』番組ブログ、第2弾!

2009年11月までの番組情報は、↓↓コチラ↓↓をご覧ください

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2012年09月29日

2012年9月29日放送 三条特集


ゲスト:ひゃくてんまんてん
    石田 洋子さん

ishida.jpg お店は、文化博物館の真ん前、横山ビルの2階にあります。カレーラーメンが人気メニューです。15年前にカレーとラーメンの店として始めました。スパイスなどに拘ってじっくり煮込んだカレーを作っていましたが、ある時お客さんが、だったらカレーラーメンにしたら?と薦められて始めました。
 麺も自家製で毎日打っています。麺は一週間ほど寝かせた方がおいしいと言う人もおられますが、私はやっぱりできたてがおいしいと思います。ですので、手間がかかりますが毎日出る分だけを作ります。
 15年前の三条にはまだお店はあまりありませんでした。糸偏の会社などが沢山あって、そこにお勤めの方が来てくれていましたが、今は随分様変わりしました。お店も増えて人通りも多くなって、とても賑やかになりました。世界中から来てくださいます。
 三条のお客さんはとても質が良くて、ほんとうにええとこでお商売させて貰えて幸せだと思います。近所のご年配の方も時々階段を上がって来てくださいます。お届けしますのにと言うのですが、リハビリを兼ねて会いにくるんだとおっしゃいます。地域の方にお役に立てたらとても嬉しいので、会社や家族の集まりにも使って頂けるよう協力させて貰っています。
 協議会の役員が若い人に交代されたそうですが、若い力に期待しています。私もこれをきっかけにいろんな方に参加するように声を掛けていきたいと思います。


■□■ 会員紹介 ■□■
宇治に根差して30年 景観まちづくりを考える
金森一級建築設計事務所 宇治支部会員  金森 清正さん

kanamori.jpg 事務所を開設して30年余り。病院・製薬工場などの設計監理や、宇治市などの公共施設の設計の仕事を多く手掛けています。また造園家と協力し、庭園内施設の設計・現地での施工及び技術指導を行っています。
 平成14年の宇治市の「都市計画マスタープランWS」の参加を手始めに、地域の人々との活動を始め、地域に根差した「まちづくり」を考え、行政と共に考え・行動し提案できる組織にしたいと思っています。
 文化財保護法に「文化的景観」が加わり、宇治には都市部で初めて選定された「重要文化的景観」区域があります。歴史的文化景観の維持向上を図ることを目的にした「歴史まちづくり研究会・うじ」の会員としての活動も積極的に始めています。





☆本日の担当:内藤郁子

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2012年09月26日

2012年9月22日放送 ネットワークを広げて連携することの重要さ


ゲスト:(社)福島県建築士会 田村支部支部長、結建築研究室 代表
    佐久間 保一さん

sakuma.jpg 震災当日は事務所で図面を描いていました。大きく長く続く揺れでしたが、阿武隈山地は地盤が良く、停電もなく、当初は津波も原発の被害も全く分かりませんでした。その後、福島第一原発に近い富岡町から、200人余の方々が三春交流館に避難して来られました。私は当時自治会長で、避難先が次々と変わり疲れきった表情の方々に、避難場所、食料、寝具などの手当に協力しました。
 震災3日後に応急危険度判定業務の依頼が、隣接の須賀川市と郡山市からありました。それぞれ3日ほど判定業務に参加しましたが、ガソリンが問題でした。須賀川市からは優先的給油の証明書が貰えましたが、現実には、警察近くのスタンドは良いのですが、離れたところでは応急危険度判定の建築士には看護師さんのような優先的な扱いはありませんでした。判定業務の認知度の低さを思い知ったところです。郡山市では、証明書の発行さえもありませんでした。
 復興はなかなか進みません。岩手の中村さんが職人不足を嘆かれていましたが、こちらは原発問題です。収束の方向性が見えず、復興スケジュールが立てにくい状況です。自治体そのものが避難している状況ですから。
 子ども達が外で遊べない、仮設住宅から掛かりつけの病院に車で向かう途中で老人が事故にあったなど、厳しい状況があります。先の見えない復興の遅れについては、忍耐強いと言われる我々東北人にも限界が来ているように感じます。
 歴史的価値のある建造物をマネジメントするヘリテージマネージャー制度の運用に、ようやく当地も乗り出しました。
 私の所属する三春町住宅研究会では、阪神淡路大震災後の長田区住宅復興プロジェクトや新潟での被災調査などに参加し、活動を進めています。建築士会連合会のまちづくり会議にはパネリストとして出席しました。ここで学んだことは、現地での支援活動だけでなく、ネットワークを広げて多くの地域の皆さんと連携することの重要さです。
 東北とは距離的に遠い関西の皆様も、どうぞ、苦しんでいる地域や人間がいることを忘れないでいただきたいと思います。





☆本日の担当:衛藤照夫

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2012年09月18日

2012年9月15日放送 働きたいおんなたちの居場所をつくりたいからはじまった活動

△▼△9月は「宇治のまちづくり」をピックアップ△▼△

ゲスト:特定非営利活動法人 働きたいおんなたちのネットワーク 代表理事
    吉田 秀子さん

yoshida.jpg 1999年宇治市の公募スタッフとして女性政策のフェスティバルの企画をしていたときに、切明友子さん(現・ネットワーク副理事)と意気投合し、自分らしく働ける場がもっとあればいいのにという思いから、「それなら自分たちで作ってしまおう」と翌年にはNPO法人を設立しました。現在は6人の理事で様々な活動を続けています。
 設立当初は女性講師支援事業をスタート。起業予定女性は融資もままならないことが多いので、初期投資がなくても、地域の人たちにも役立ち、彼女たちの就業や自立支援になるように、持っている資格を活かしたガーデニングや園芸療法などの講座を開きました。次に講座参加者の子どもたちを一時的に預かる場としてキッズサポート事業を展開していきました。
 2003年からは宇治橋通商店街振興組合と協同の形で「親子広場つむぎ」を開設し、子育て支援の拠点となりました。今は事務所と町家かふぇとして使わせていただいています。町家かふぇは調理師の資格を持った30代の女性が火、水、土、日の4日間オープンしています。献立から調理、給仕までこなされ、自立を目指して奮闘中です。地域常連さんの他、観光客も手作りのランチに舌鼓、好評を得ています。
 団体としては、宇治市災害ボランティアセンターに加入しています。8月14日の宇治市大雨災害時の活動にも参加しました。
 昨年の3月11日東日本大震災後、9月にはボランティアバスで支援に行きました。どうせなら働きたい女性がいるところに行こうということで、気仙沼大島の明海荘を紹介してもらいました。「お茶しませんか」と言って避難所を廻り、女性たちの声を聞きました。地元の働きたい女性たちと女性と子供たちの居場所「おぢゃのみ工房 子葉輝(つばき)」を作りました。子どもの自習室もあります。また、津波で濡れた着物の端切れを材料に数百年前の津波で島民を助けたという逸話のある「みちびき地蔵」の人形とやぶ椿をかたどったポーチの商品開発をし、多くの島民が手作りし、震災遺族に贈られました。それがかわいいので販売もされるようになり、宇治の事務所でも取り扱っています。また着なくなった着物の材料提供もお願いします。(TEL:0774-23-5390)





☆本日の担当:桂 浩子

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2012年09月12日

2012年9月8日放送 これからの「あがたさん」

△▼△9月は「宇治のまちづくり」をピックアップ△▼△

ゲスト:県神社 宮司
    田鍬 到一さん

takuwa.jpg 宇治川の西岸に位置します県(あがた)神社は、千数百年の歴史を有する古社で、「一事一願成就」の霊験あらたかな神社として、人々の信仰篤い神社です。1月の初県祭と6月の県祭は、人々に「あがたさん」と呼ばれ親しまれ、特に6月5日の県祭は、「暗夜の奇祭」として大変有名です。また、6月8日には疫病や災厄を祓い地域の安全を祈願する大幣神事が、11月5日には宇治茶の隆昌と茶文化護持のため献茶祭が執り行われます。
 江戸時代以降は、京阪神や滋賀一円の多くの講(信者の集まり)が参詣して大変賑わいました。近年までこの講が祭りの担い手の中心的な役割を果たしてきましたが、最近の人々の宗教観やコミュニティの変化により、講はここ20、30年間ですっかり衰退してしまい、このことが、祭の担い手の中心が講から地元の方々へ変わる大きなきっかけとなりました。
 まず、地元の若者たちが中心になって自主的に「梵天講」を発足し、県祭の梵天渡御の復興を成功させ、これに呼応して自然発生した「この笛ふくや会」が自作自演の演舞を披露しました。これらの動きはさらに広がり、初県祭の子供神輿や子供による獅子舞など、地元の幅広い年代の多くの人々が祭礼に参加するようになり、祭りの担い手となった地元の人々は、宇治のまちおこしの力強い原動力になりつつあります。さらに今年、宇治市の歴史的風致維持向上計画に伴い、大幣神事が無形民俗文化財の第1号に指定されたことは、大きな励みになり大変喜ばしいことです。
 今後の「あがたさん」が、歴史ある宇治の文化と伝統を守り育て未来へ引き継ぐ拠点として変化していく様をじっくりと見届けたいと思います。





☆本日の担当:西田教子

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2012年09月04日

2012年9月1日放送 宇治橋通り商店街

△▼△9月は「宇治のまちづくり」をピックアップ△▼△

ゲスト:宇治橋通商店街振興組合 理事長、(株)朝日屋三元呉服店 代表取締役
    中西 敏さん

nakanishi.jpg 当商店街は、JR宇治駅前から宇治橋にかけて850mもの長さがあり、室町時代から商店が立ち並ぶようになったと言われているほど歴史のあります。平等院への通り道になっていることもあり、利用者は地域住民だけでなく、観光客も多くみられます。
 しかし、地域の繊維産業の不況や、近隣の工場などの閉鎖にともない10数年ほど前から客数が減りだしました。このままでは客足は減少するばかりだという危機感から、宇治橋通商店街振興組合は商店街に人を呼び戻すための取組みを始めました。
 掲げた目標は「笑店街」。買い物に来たお客が店員とコミュニケーションを取り、お客同士でも会話ができる、ほっとする商店街を目標にしました。商店街の中に設置された街角ギャラリーや街角博物館、街角ムービー、ほっこり椅子などの取組みは、地域コミュニティの核となるようにという期待が込められています。
 商店街の道路も、通過交通や観光客の増加などにより、車との接触事故の危険が懸念されたこともあって、無電柱化や段差解消のバリアフリー化など、安全に買い物ができるように配慮しています。実際にお客さんからも「すっきりした」「広くなった」との声があり好評で、電線を地中化した商店街からは、宇治川越しに遠くの山が見えて爽快です。
 また、「宇治橋通り笑顔がいっぱいわんさかフェスタ」は、地域の学校、団体など多数が参加する恒例行事として定番化しています。昼前から商店街が歩行者天国になり、マーチングバンドが通りを歩くなど賑わいを見せています。
 今後も、当商店街が地域の核として活躍される様を、期待を込めて見守っていきたいと思います。





☆本日の担当:中田 哲


posted by 京都府建築士会 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築・まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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